いよいよ『天理教教典』廃止の旬が来たのである。


 六月二十七日、飯降表統領は、教祖百二十年祭に向けて、今年十一月
から直属教会への本部巡教を、続いて来年三月からは「教祖百二十年祭
地方講習会」を開催すると発表した。

 いよく『天理教教典』廃止の旬が来たのである。

 天皇とその先祖を神とする天皇制軍国主義教育から卒業する旬である。

 昨年の教義講習会のように、神道天理教という応法の理を廃して、「つと
めの理が神」という考え方と教祖が教えたかんろだいつとめに基づいた教
理が、いつまでも私たちよふぼくを身体として生きて働いて、かんろだい世
界を実現する教理を学べるという期待が、直前になってくずれるようなこと
がないように、講習会以前に廃止しておかなければならないのである。

 立教百十一年に「天理教教典稿案」で教義講習会を行ない、その結果、
翌立教百十二(昭和二十四)年に「天理教教典」が教義に裁定された。そ
の教典の姿勢で昭和三十一年に「天理教教祖伝稿案」で講習会が行なわ
れ、その結果、教義としての裁定は却下され「稿本」扱いになった、すでに
その八年間に社会の実状に合わなくなっていたのである。

 現教典公布以来半世紀以上、神道教理が社会に対応した教理とは誰も
思っていないのである。

 中山善司四代真柱は立教百六十三年から今年迄春季大祭神殿講話で
「つとめは、第一義はぢば・かんろだいを囲んで勤めるかぐらつとめを指し
ますが、その理を頂いて、国々所々の教会でも月々のおつとめを勤めるの
であります。」という同じ言葉を三年も繰返し、立教百六十五年の今年四月
天理教婦人会新会長に襲任した「はるえ夫人」主導のもと「天理教婦人会
委員部長てをどりまなび」が行われたのである。(六月号巻頭言参照)

 これに先立って二月二日には、櫟本小学校の生徒が櫟本分署跡を見学
して、櫟本分署跡参考館長から研修を受けた事が、天理市広報「町から町
へ」に写真入りで掲載され、天理市全世帯に配布されているのである。

 奈良県や天理市の教育関係者は、教祖が警察という政府公式機関を通
じて、世界に向って「天皇も人間、我々百姓も同じ魂」と天皇制軍国主義教
育を強化していた明治十九年に宣言した事を、郷土の誇りとして教育した
いのである。

 しかるに!天理教道友社は、占領軍対策の応法の理として出した神道
教理の「天理教教典」を復活強化するような「ようぼくハンドブック」を四月二
十六日に出版したのである。またまた、真柱による教祖のつとめへの復元
に対する、上田嘉太郎道友社社長の反逆である。

顕正教祖伝 第四回 立教
顕正教祖伝 第四回 立教



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