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ほんあづま 12月号 巻頭言, oyasama.net 教祖は、櫟本分署における警察の取調べに対して「天皇も 人間、我々百姓も同じ魂」(M20 1 31おさしづ参照)と宣 言されて、命を縮める迫害を受けた事は、教祖の弟子を以 って任ずるよふぼくたるもの皆よく知る所である。 知らないのは、天皇制軍国主義国家が押付けた、国生 み、天孫降臨、八紘一宇等の神話にだまされ、神風の御利 益信仰に流され、教祖の教えである「かんろだいつとめ」の 意味を考えた事もなく、教祖の示した「ひながた」について 談じ合った事もない人間だけである。 日露戦争直前に教祖に背いて軍国主義政府におもねって 作った『天理教教典』に基づく天照大神を含む天皇の祖先 十柱の神、多神教の天理大神。また、天照大神の子孫、天 皇による世界支配が世界中の反撃で失敗、天皇が天皇制 の起源に関する肇国神話を架空なる観念と否定して、一切 の権力はないが象徴天皇制が残った。その後占領軍の一 神教に合わせ、一方では、日本が侵略したアジア諸国の感 情を考えて輪廻転生を取り入れ、拝み祈祷の御利益をくだ さる天皇の祖先神らしき「唯一絶対創造支配神」とも言うべ き「天理王命」を敗戦後四年にして『天理教教典』により、誕 生させたことは応法の理なのである。 教祖が教えた神は「つとめの理が神」である事は「かんろ だいつとめ」全部で、特に、みかぐらうた三下り目に明かに されている。 一九四五年敗戦による天皇政権崩壊直後、中山正善真 柱は、一切の応法の理(社会に合わせて歪めた教理)を排 除し、教祖の教えに復元する事を宣言し、修養科は、みか ぐらうたのみに依拠して教育した。修養科を震源地にして、 みかぐらうたで日本全国が感動にふるえた。 異文化圏布教も、正善真柱の「教典等過去の信仰に捉わ れず、かんろだいを目標に、みかぐらうたを韓国語に訳し て、信仰せよ」との指導で、一九七五年には、大韓天理教 は約二千ヶ所の教会、六十万人の信者を誇った。 かんろだいつとめの教理は、人間の本性に基づく真理を 教えているので、今までのどの民族とも、どの宗教とも、異 文化と感じさせないで、真理にめざめさせる教えだったので ある。 中山正善二代真柱没後、教祖九十年祭のための指導と 称して、教団内に差別的特権の座を存続させたい山澤一族 を中心とする天理教教会本部は、みかぐらうたに背き、ひな がたを無視し、教祖はかんろだいつとめを元のぢばだけに 許したとして、国々所々でかんろだいを目標にすることを禁 止した。そして、天照大神の象徴である八咫の鏡の模造品 を日本神道の社に祀る事を押付けた。天皇政府に永年植 民地支配された韓国の民が受け入れる筈もなく、信者は数 年間に激減した。これでは韓国の教祖の教えが消えてしま うと、教祖百年祭の前に二代真柱の御言葉通りに「かんろ だい」に復元した。神道派本部員は、八咫の鏡を祀らなけれ ば、おぢば帰りさせない等といやがらせを続け、教祖の教え をかんろだいで伝えようとする教会約九割、神道のお社で 本部にへつらう差別教育をさせられている教会一割に分裂 させられている。 教祖は仏説の転輪王と同じ心になる「南無転輪王」は教え たが、天理大神や天理王命など一度も教えていない。 曽て、教祖と共に歌い、共に踊る思いのおつとめで、たす け一条の心が結ばれていた、海外布教も、天皇の祖先神天 理王命に服従させる教理を説いて、異文化として拒否され ているのである。 アフリカ・コンゴの教会でも、つとめとさづけで布教し、多 数の医療よふぼくを憩の家で育て、コンゴ政府から感謝さ れていたが、聞く所によると高井伝道庁長が羽織袴で下駄 履きで歩き、コンゴ人よふぼくに拝をさせて「総督はいらな い」と反撥され、逃げ帰って来たと言う。彼の神道的差別主 義者ぶりはその後、本部の布教部長の時も、差別的言動が 目立ち東京教区の抗議によって辞任させられている。しか し、コンゴのノソンガ会長は、布教に失敗し天理教の名誉を 傷つけたとして罷免され、反逆者扱いを受けている。 インドネシアでは軍隊が柔道を教育しているので、柔道関 係のよふぼくが布教をすすめていたが「天理王命の他に神 はなし」という『天理教教典』の態度は、イスラム国家として は容認できないという状況になっている。 ハワイには日系人が多いので、各系統の教会が進出して いたが、次々と本部から来る伝道庁長が「つとめとさづけに よるおたすけ」を見た事も聞いた事もない実状で、伝道庁で 行なっていたみかぐらうたの勉強会を禁止して、拝み祈祷 の神道的統制を加え、伝道庁の行事と言えば、八咫の鏡を 祀ったお社に拝礼し、天皇一家の写真と、真柱一家の写真 を掲げ、スシ、ウドン等の日本食で「日本なつかし」の行事 で、伝道庁長もこれしか知らんという態度で、教会長子弟で も道の気が無くなって来ている。 九月下旬、天理教とキリスト教の対話Uが行われたが、 天理教側が、『天理教教典』に拘束されてか、天皇制軍国 主義時代の家父長制道徳に歪められた見解を述べ、キリス ト教側が、かんろだいつとめの共生の調和とも言うべき見解 を示した共同声明を発表して大恥をかいているのも『天理 教教典』が未だに天理教の教義書になっているからであ る。 今回の諭達二号でも「陽気づくめ」に対する見解は、たと え半歩でも前進は認められるが、旬の理として『天理教教 典』の廃止宣言がなかった事に絶望して、早くも海外への支 援を止め、布教師たちに失敗者の汚名をかぶせて海外布 教を打切る大教会の話も聞こえて来た。
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